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主人の椅子を引きながら、いつもの主人とは違う様子に煩わしさを感じつつも、執事は善良な笑みを浮かべ、頷いた。
「悪魔は神を冒涜するものです。神の意志に反させるよういつも狙っておりますので」
立ち上がりいつものように執務室へと向かう青年に執事は一歩後ろを静かに歩みながら慇懃に答える。
「悪魔の誘惑に負けた者は神の名を汚しているのか?そういう人間はどうしたら購えるのだ?」
更に続く質問に、それでも表面上はにこやかに主人が入ろうとする部屋の、豪奢な装飾を施した木造の扉を恭しく目を伏せ開けた。
青年はそれをいつものように頷いて中へと進む。
と、僅かに青年の思考が霞んだ。
消えていた明日がぴしりと閃いて、また消え失せたのだ。
青年はその事に心底驚嘆し、部屋の真ん中に立ち止まった。
執事は主人の様子に無表情に、しかし理由を知る由もなく内心眉を顰めて見守る。
だが青年の中に再び未来が帰る様子はなく、落胆を隠さず振り向いて未だドアを閉めている執事を見返した。
「……どうすれば改心するか、案はあるか」
執事は執事にあるべからざる苦笑を浮かべて首を振った。
「悪魔の誘惑に負ける人間は弱い人間です。しかし、時にはあの高潔を詠う聖職者たちでさえ、その甘い誘いに乗ってしまうのです」
まして――
執事は微かな自嘲を含ませてか、視線を扉正面にある透かしの彫り込みの窓枠へとたどらせながら続ける。
「それ以外の何の防御も持たない子羊ならば、負けてしまうのも仕方の無いことです。それを踏まえて身分の高い皆様は我々を管理されておられますでしょう。つまり要はそれをどれだけご主人様が許容し操作できるかです」
その言葉に青年は嘆息するしかなかった。
執事は罪を知っていながら許せと言っているのである。
青年は悲しそうに顔を曇らせ俯くと、小さく、そうかと呟いた。
「分かった。お前がそう思っているのならば、私はそれを敢えて問うまい。例え我が両親を罠に陥れた人間がいたとしても」
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