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11日15時40分。
秋の訪れは早い。高層ビルの隙間に身を隠し始める、弱々しい陽の光と、時折突き抜ける冷たい風が、それを教えてくれる。
午前の陽気につい油断した狭間修一は、紺色のチェック柄のシャツにリーバイスという、この時期には少し不用意とも思える格好で部屋を出たことを後悔し始めていた。
ポプラの落葉を踏みしめ、これから厳しくなるであろう寒さへの不安を紛らわせながら、彼は大通りの一区画をうろついていた。
そしてまた、『三笠第3ビル』の階段を一歩一歩、慎重に下りていく。これで5度目の往復だった。
もう手掛かりは残っていないだろう。だが、何か見落としてはいないだろうか――。
4日前の午後までは、注意を払うことなどなかった壁の落書きにさえ、何かしらのヒントがあるのではと、狭間は周囲を丹念に見廻していた。
そして彼は歩を進め、また、その店の前に立ち止まると、ゆっくりと顔を上げた。
所々に茶色い錆の浮き始めた、もう決して彼女の手で開けられることのないシャッターを、狭間は眺め続ける。
もちろん店内に気配はない。郵便受けには、電気メーターの検針票が無造作に差し込まれていた。
もう何年も閉鎖された様な錯覚さえしてしまうほどの静寂が、フロアー全体を、そしてその店を覆っている。
もう点くことのない、『カフェ・タイニーピープル』の突き出し看板を見上げる。
美穂の店は、誰もが――そしておそらくは美穂自身も――思いもよらないタイミングで、その幕を閉じた。
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