或る元旦の事。(完結)

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「今年も沢山人が来てくれて良かったじゃない」 「沢山、ねぇ」 萩は溜め息を吐いて、目の前に置かれた机をじっと見た。 『おみくじ』と書かれた深い箱と、小銭の投げ込まれた浅い箱。 要するに、おみくじ販売をさせられているのだ。 「僕、何でここにいるんだっけ」 「そりゃあこの神社の主ですものねぇ」 「……バイトの巫女さん増やせばいいのに」 「仕方ないじゃない、少子化と過疎化で若者いないんだから。巫女は処女にしか務まらないのよ」 「だからって……っ!」 萩は白い机を両手でバンと叩いた。 衝撃でおみくじの箱が倒れるが、気にしない。 「何で昨日から僕だけ働き詰めなの!? 夜中は巫女さんだっていなかったよ!? いくら僕でも睡眠不足にくらいなりますけど!? だいたい僕、この神社の――」 「すみません、おみくじやりたいんですけど」 「はいはいどうぞー」 見事に営業スマイルに切り替えて、萩は客に向き直った。 そこに立っていたのは、先程の男女二人組。 途端に萩の笑顔が引き攣る。 (大凶出ろ、大凶!!) 心の中で祈りながら(どんな神様だ)、小銭を受け取っておみくじの箱を差し出す。 だが、少し離れた所で紙を開いた二人が「やったぁ」と歓声を上げて紙を見せ合ったところを見ると、どうやら願いは叶わなかったらしい。 「チッ……紙とペンちょうだい、大凶増やすから!」 「馬鹿言わない、あんたが小細工してどうするのよ!」 時子にも一喝され、萩はますます不満を募らせた。 「大晦日の一週間以上前から御守り作っておみくじ書いて掃除して、なのに正月は休み無しって……。そもそも今時手作りってどうなの」 「あなたの手作りだからいいんじゃない。ご利益有りそうでしょ?」 「いや。あの御守り買った人、絶対呪われるよ。あれ恨み込めて作ったもんね」 「すみません、おみくじ……」 「はいはーい!」 文句を言いながらも仕事はきちんとこなす萩を、密かに時子は見事だと思った。
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