11/16
前へ
/53ページ
次へ
「ここ美味しいんですよ」と深山さんが連れて行ってくれる店は、大体がいかにも中年男性が好きそうな安くてボリュームの多い定職屋か居酒屋だった。 当たりも多少は有ったが、美味しい店、というよりはどっからどう味わっても普通の飲食店レベルの味では?と思う事が多かった。 数回だけ、私が好きなイタリアンレストランやカフェに誘ってみたが、深山さんがどうにも居心地悪そうにしていたのでそういう店に行こうと言い出すのは止める事にした。 私にとっては普通の味でも、深山さんは「美味しい、美味しい」と幸せそうに何でも平らげる。 「僕ね、甲斐性無しだから奥さんに逃げられちゃって一人身なんです。だから誰かと食べるご飯って美味しいなぁって感じるのかも」 その時「可愛い」と思った自分に気付いて、少しヤバイなと感じた。20も年上の深山さんを、どうやら私は好きになりかけているらしい、と。 深山さんとは月に数回、ご飯を食べる仲だった。最初の一年くらいは。 ある時、二人でお寿司を食べに行った。 そこの板さんが勧める日本酒がやたらと美味くて、握りを胃に収める前に二人で四合も呑んでしまった。 そのままのペースでくいくい呑み続け、珍しく深山さんがべろんべろんに酔っ払った。私は更に酔っ払っていて、歩くのも困難な程だった。 「仕方ないな、若い娘がこんなに酔っちゃ危ないよ」 「飲ませたのは深山さんじゃないですか」 「はいはい、ごめんね。途中で止めておくべきだったね」 「深山さん……吐きそう」 「うん、大丈夫?」 ふらつきながら歩いて、深山さんに背負って貰って、時たま道の隅にうずくまって。そうしながら帰路についた、二人で。 深山さんの家に担ぎ込まれて、シャワーを借りた後も私はまだぐるぐるしながら薄くてちょっと湿っぽい匂いのする布団にくるまっていた。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加