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何故、急にイカを釣りに行くなんて事になったんだろう。 半歩先を行く、猫背気味の後姿を見つめながらぼんやりとそう考えていた。深山さんは中年男性にしては痩せている方だ。でも、地面に一歩ずつ足を埋め込ませるように、のっしのっしと重々しく歩く。その歩調はいつもゆっくりだ。 足早にせかせかと、では無く。緩やかに確実に、歩く。 深山さんの肩にかけられた釣竿の先端が、夜の空を指している。先程、閉店間際の釣具屋に滑り込んで買ったものだ。釣竿一本と、餌木を二つ、大きめの鋏を一つ。 「琴ちゃんの分も欲しかったんだけどな」 店を出ると深山さんはしょんぼりと笑った。元々細目だから、両眼は更に糸のようになり、端がふにゃりと垂れ下がる。目じりの皺が少し深くなる。深山さんはよく笑う。悲しそうなときも怒りそうなときもお腹がすいた時も。ただ笑う、笑っている。 「いいの、私は釣りなんてやったこと無いから。深山さんの隣で見てます」 なんせ急だったから二人とも持ち合わせが無くて、帰りの電車代を考えたら釣竿は一つしか購入できなかったのだ。入り口前にまだ客が居るというのに、店主が無愛想にぴしゃりとガラス戸を閉じてカーテンを引いた。店内の電気が消された。 「ああ、もう閉店時間を過ぎていたのか。悪いことしたなぁ」 罰が悪そうに深山さんは呟いた。 「じゃあ行こうか、琴ちゃん。防波堤はここから歩いてもう直ぐだから」 「はい」と私は頷いた。
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