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「……お礼のつもりでお茶をあげたら、更に栗を貰ってしまいました」
栗を見せて深山さんにそう報告する。
「やぁ、琴ちゃんはわらしべ長者みたいだね」
「あのおじさん、もう帰るみたいですよ?もうすぐ引き潮なんだって」
また落とすと大変だし、濡れたままだと不快だったのでサンダルを脱ぎ塀の上に揃えて置く。
裸足を海の方へ向けて座る。先程は感じなかったひんやりとした冷気が、海から上がって来て私のむき出しの皮膚を撫でた。
「へぇ、引き潮になるのか……でも僕らは帰れないねぇ」
「終電の時間、とっくに過ぎてますもんねぇ。深山さん、紅茶とコーヒーとどっちが良いですか?」
「コーヒーお願い」
深山さんも私の隣に腰を下ろした。座りながら、器用に片手だけで釣竿をしならせ餌木を遠くへ投げた。
残った紅茶のプルトップを開き、口に運ぶ。ほんのりとした甘さが舌の上に広がった。深山さんもコーヒーを啜っている。
背後でバタン、と車のドアが閉まる音がした。続けてクラックションが一度鳴らされる。振り返るとおじさんがトラックに乗り込んでいた。私と深山さんは揃って立ち上がる。
「あの、ありがとうございました」
声を張り上げると「おぅ、じゃあな」という返事があって彼はひらひらと手を振った。深山さんが頭を下げた。
軽トラックはそのまま走り出す。暗い夜道を車のライトはどんどん遠ざかって行き、小さくなってやがて見えなくなった。
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