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ラックのラジオが無くなって、辺りは一気に静かになった。深山さんがずずっとコーヒーをすする音、波がざぷんざぷんと足元で爆ぜる音がいやに大きく聞こえる。 私はおじさんから貰った栗を数個、ネットから取り出し膝の上で剥いた。茶色の外殻がジーンズの腿の部分に付着するが、どうせ後で掃えば良いと気にしない事にする。 「深山さん、はい」 剥き終えた栗を指先に摘み、深山さんの口元へ運ぶ。「うん、ありがとう」と深山さんがぱかっと口を開けるのでそれを口中へ放り込んだ。 なんだかカッコウの雛に餌を与える親鳥の気分になる。だが勿論、深山さんはカッコウの雛では無いし、私も鳥類では無い。そして。 「あのね、深山さん。私は深山さんの姪っ子じゃ無いと思うんですよ」 深山さんの顔を見て言う勇気が無い。無心に栗を剥いているふりをする。 硬い茶色の皮に親指の爪を指した。三日月型の窪みが出来る。 「……聞こえちゃったか」 「あのね、琴ちゃん」と何かを言いかけた深山さんの口元にまた、栗を押し付けた。深山さんはおずおずと口を開いた。一粒放り込む。 「聞こえちゃいました!聞いちゃいました!すいません!」 「………怒ってる?」 「ちっとも。全然怒ってません!」 「嘘。怒ってる口調だよ、琴ちゃん?」 先程、聞いてしまった深山さんとおじさんの会話。 「で、あんたらどういう?」 「ああ、彼女は私の姪っ子ですよ」 姪っ子。 なんて微妙で咄嗟な嘘なんだろうか。だいたい叔父さんを苗字で、しかも「さん」付けで呼んでいる姪なんてちょっと考えれば絶対不自然だと思うだろうに。
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