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「あの子は?」
「知らん、俺が帰ったらもう居なかったよ」
「本当に、どうしてあの子はこうなのかしら。ごめんなさい。私が小さい頃ちゃんと躾けなかったのが――」
「君が謝る事じゃ無い。言っただろう、君の子供は俺の子でもあるって――」
いつも通り、泣いて謝る母を父が宥めている。ただ違うのは隣の部屋、ベットに突っ伏して身動き一つしない兄が居ない、という事だけだ。
兄が父の事を「お父さん」とか「親父」と呼ぶのを私は一度も聞いたことが無い。「あんた」とか「琴子の親父さん」という呼び方しかしない。
父は兄のことを「俺の子」だと言っているのに。でも父さんもそれならどうして兄の事をそんなに怒ってばかりなのかな?と不思議に思っていた。もうすこし優しく接したら良いのに、と。
父がむしろ兄の為を思えばこそ、叱ってばかりだったのだと気付いたのはもう随分後になってからだ。
学校は三日休むはめになった。算数のテストを受けなくて済んだのは嬉しかったけど、大好きな体育のドッチボールが出来ないのと、給食のプリンが食べられないのは非常に残念だった。
今頃余った一つのプリンを巡り、クラスではジャンケン大会が開催されているだろう。いつもは私も張り切って争奪戦に参戦しているというのに。哀れ、私と私のプリン!
そんな事を考えながら、うつらうつらと眠ったり、起きて教育テレビをぼんやり見ている昼下がりだった。兄がふらっと帰ってきた。
私の部屋の襖をがらりと開き、ポンとベットにそれを投げた。
「やるよ。約束だったろ?」
むくむくしていて柔らかい、ピンク色のウサギのぬいぐるみだった。歓声を上げて、それを抱きしめた。
「取ってきてくれたの!?」
「おぅ、兄ちゃんもやる時はやるんだ。可愛がってやれよ」
「うん!ありがとう!」と頷いて、ウサギの愛らしい顔を覗き込んだ。くりくりした大きな目玉のボタンに、丸く変形しながら私の顔が映っていた。
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