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わんわんと泣きながら抗議する私の目を見つめて、父は静かに諭した。 「いいか、ラビィちゃんは悪くない。ウサギが欲しいと言った琴子も、それを琴子にとってあげようと思った兄ちゃんの優しさも、決して悪くないよ。でもな、琴子」 方法に問題があるんだ。欲しい物がある、それは解る。でも人を殴るのはとても悪いことだ。人から物を盗むのもとても悪い事だ。絶対にやっちゃいけない事だ。それをやったから兄ちゃんは警察に今、居るんだ。 琴子は何にも悪くない。でもな、そんな方法を使って手に入れたウサギを貰って、兄ちゃんがそんな事を何度も続けたらお前もきっとそれが普通なんだって思うようになる。 今は違うけど、きっとそうなる。だから酷なようだけど、ラビィちゃんは駄目だ。持っていちゃいけないんだ。 静かに、何度も父はそう言い聞かせた。よく解らなかったけど、「嫌だ」と言わせない迫力がそこにはあった。 ラビィちゃんを持ったまま父は出かけて行った。私は泣きつかれて眠り、夜中前に父は戻ってきたらしい。 兄は一緒ではなかった。ラビィちゃんも一緒ではなかった。 翌日、熱が引くと私は自転車に乗って公園のゴ箱やゴミ捨て場を探し歩いた。もしかしたら父がぬいぐるみをそこに置いたかもしれないと。でもその日は燃えるゴミの回収日だった。どの場所も、綺麗に片付けられていた。 暫くの間、眠る前にラビィちゃんの事を思い浮かべては泣きそうになった。 「私、ウサギのラビィちゃん。かまってくれなきゃ寂しいよぅ」 ラビィちゃんは今、何処に居るんだろうか。名札に書いてあった言葉を思い出す。かまってあげられなくて、ラビィちゃんはさぞかし寂しいだろう。 まだ新しくてあんなに可愛いぬいぐるみだ、もしかして誰かが拾って可愛がってくれているかもしらない。それならどんなに良いだろう。 でも万が一、燃えるゴミとして回収されて、焼却炉のなかで熱い熱いと泣いていたら……。 兄も今、何処に居るんだろう。真っ暗で無人の隣の部屋、兄はもう長い間家に戻っていなかった。 高校は無期停学となり、留年がほぼ決定していた。寂しくないのかな、怒られるから帰りたくないのかな、御飯ちゃんと食べてるのかな。 寝返りをうち、布団に潜り込んだ。 あのウサギのぬいぐるみが捨てられずに手元にあったとして、それはきっと私の宝物になっただろう。兄が私にくれた、最初で最後のプレゼントだからだ。
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