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「わけが、解らなかった。何故!?って。思いつく限りの事をした筈だったのに。彼女の為に。大事に大事にしたら、ある日突然彼女は消えてしまったんだ」
力なく笑うだけの深山さんが、たまらなくなった。
腕を伸ばし自分より少し高い場所にある頭を抱き寄せる。さしたる抵抗をしない深山さんの頭は、すっぽりと私の胸元に収まる。おでこが私の肩にあたる。
深山さんの手から釣竿が滑り落ち、コンクリートの上でかたんと音を立てた。
「探したよ。八方手を尽くして。数ヶ月後に彼女は遠い北の海の断崖絶壁の下で見つかった。しかも一人じゃなかった」
「どういう、事ですか?」
「情死、心中って言えば解るかな?僕が全く知らない男の死体と一緒に、彼女も水面を漂っていたらしい」
驚愕、憤り、そしてなによりも深山さんの悲しみを思った。知っている全ての言葉を汲み上げて組み上げてみても、かけるべき言葉が見つからなかった。
私は自分の語彙の無さを呪う。こうやって深山さんを抱きしめるしかない自分の無力さを呪う。
「もうね、混乱の極みだったよ。今度は僕が責められる番だった、彼女の親族に。一緒に居て何故気づかない?って。死んでしまうくらいなら、別れてやれば良かっただろうって」
静かに、深山さんの肩が揺れている。小刻みに揺れながら、でも嗚咽は漏れなかった。続く言葉が僅かに震えるだけで。
「知らなかったんだ、僕は何も。ねぇ言うでしょう琴ちゃん、風が吹いたら桶屋が儲かるって?理由を知っていれば不思議じゃないけど。でもね、大事に大事にしたら壊れちゃったんだ、死んじゃったんだ。訳が解らなくて、理不尽で。どうして話してくれなかったんだって、僕の何が君をそこまで追い詰めたんだって、どうしてどうしてって」
解らないままなんだ、死んじゃったから。わからないわからない、どうしてどうして。
呪文のように呟き続ける深山さんの、揺れる肩を掴む。濡れた瞳が私を捉えた。細い深山さんの眼に、歪んだ私の顔が写っている。
ポツンと深山さんは告げた。
「僕が、殺しちゃったんだ」
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