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「引きは小さいけど、この感触はイカだ」
深山さんは素早くリールを回転させる。糸が巻き戻る。
「あ、見えて来た!」
暗い水の中を、白い何かがひらひら動いている。引き上げた餌木には、二本の手と八本の足をしっかと絡みつかせた小さなイカが居た。
「こいつはまたえらいチビだなぁ」
餌木ごと深山さんがイカを持ち上げる。食らいついた餌木より、一回りも二回りも小さなまだまだ子供のイカ。
だが一人前にも、そいつはぴゅうと僅かながら墨を吐き出し必死の抵抗を見せる。
「小さくても、ちゃんとイカの形してるんですんね」
深山さんは鋭い針から器用な手つきでイカを外していく。
「ほら琴ちゃん、ちょっと触ってみる?形だけじゃなくて吸盤の吸引力も結構なものなんだよ?」
おそるおそる指を近づけてみる。呼吸が出来なくて苦しいのか、コンクリートの床の上でじたばたとうねうねともがいているイカの足の一つが、私の指にしゅるりと絡みついた。
「うひぃ」と変な悲鳴が喉の奥から出てきた。ぬるりとした感触が皮膚の上をきゅうきゅう吸い、撫でている。私の反応に声を上げて深山さんは笑った。
「どう?かなり気持ち悪いでしょ?」
「かなりっていうか、全身に鳥肌がっ!」
深山さんがイカを外してくれる。うねうねと動く足を怖がりもせず、持ち上げる。
「せっかく釣り上げたけど、リリースしちゃっていいかい、琴ちゃん?」
「海に戻すんですか?」
「うん、こいつかなり小さいしさ。で、どうだろう?」
「そうですね」と頷くと、深山さんはひょいとイカを水面へと投げた。
「もっと喰いごろになったら、またおいで」
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