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「今日も多分怒られる?」 「怒られるな、病院に連れて行かなかった訳だし。琴子……熱また上がったか?」 おでこにピタリと掌があてられた。自分より若干低いその温度に、気持ちよくて私はうっとりと目を細めた。反対に兄は一瞬、顔をしかめた。 「……よし、今日は特別。ほら琴子、おんぶしてやる」 歓声を上げてしゃがんだ兄の背によじ登った。よっこいしょ、と掛け声を上げて兄はゆっくり立ち上がる。視界がぐっと高くなる。 「兄ちゃん、お家までダッシュ!」 「無茶言うなぁ、お前。よーし、しっかり掴まってろよ?」 「きーん」とアラレちゃんのような掛け声と共に、兄は駆け出した。ガクガクと身体が揺れた。きゃっきゃと笑いながら、腕でしっかり兄の首筋にしがみ付いていた。 数十メートル走ったところで「もう駄目、限界」と兄は足を止めた。ぜいぜいと苦しい息をしながら、それでも私を降ろそうとはしなかった。 ゆっくりゆっくりとした歩調で、長い家路を行く。 「琴子、あのウサギ欲しかったか?ごめんな」 「ううん、もういいよ。でも兄ちゃん、クレーンゲーム超下手」 「うるせぇよ。今度絶対とってきてやるから。なぁ琴子、寒くないか?」 「平気」 「きつくないか?」 「大丈夫」 「琴子、琴子……寝ちゃったか?」 私の心臓の直ぐ前で、薄い背の肉を隔てて兄の心臓も脈打っていた。規則的なリズムが心地良い。 ゆらゆらと兄の背で揺られながら、私はいつしか眠りにつこうとしていた。 「琴子、もうちょっとだから我慢しろよ」 兄が何度も眠る私に囁きかけてくる。 「本当はバイクが早くて良かったんだろうけど、もうお前に怪我させられないしな」 冷たくて灰色の、無人の道。きっと一人で歩いていたら酷く心細かっただろう。 兄の存在が、近い心音が、ゆらゆらと揺さぶられる体が、ゆっくりとした歩調が、とつとつと投げかけられる言葉が、何故だかとても安心出来た。
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