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今がもう何時なのか、見当もつかない。携帯を引っ張り出して調べるのも面倒だ。
私は深山さんの肩にもたれながら、うつらうつらと船を漕いでいた。
「琴ちゃんそんなところで居眠りしちゃ危ないよ、サンダルじゃなくって今度は君が海に落ちてしまう」
「う~ん、大丈夫、大丈夫」
「と、言いながら目をつぶってりゃ世話ないよなぁ」
呆れた笑い声が聞こえた。
「家に帰って一眠りしたらさ、新しい履物買いに行こうか?濡れたそのサンダル、表面の皮とかたわんじゃってるみたいだし」
「ああ、良いですねぇ。深山さんに買ってもらおうかなぁ」
「僕、給料日前なんだけどなぁ」
他愛も無い会話が途切れると、深山さんがカラカラとリールを回す音が、波の音だけが辺りに響く。
「静かだね」隣で深山さんが呟いた。
「静かですね、なんか寂しいくらいに」
「ああ、そうだね」
夢を、見たのかもしれない。
先ほど逃がした小さなイカ。
怪我を負いながら、暗い海の中をひらひらと彷徨う。
海底の岩間に、鮮やかなオレンジ色を見つける。さっきかじりついた、あの餌に良く似ている。
イカはそれにしがみ付く。2本の手と8本の足でしっかりと抱きつく。岩場から引っ張り出して、深い海の底へとイカは餌木を連れて行く。
針が刺さり、血が吹き出ようとも。それを抱きしめて、泳いでいく。ひらひらと、闇間をひらひらと。
ざぷんざぷんと、下で暗い水が弾ける。何度も何度も押し寄せ、防波堤の灰色の壁に拒まれ、爆ぜて飛沫は消えて行く。
それでも水は押し寄せる絶える事無く。
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