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「あんた達の会話、最初と最後が全く脈絡ないんだもの。断片的に聞いていたら混乱しそうだわ」 「う~ん……多分ね、僕らの会話は一貫して聞いてなきゃ解んないかもしれないよ?ほら、風が吹いたら桶屋がって有るでしょう、それみたいに」 風が吹いたら桶屋が儲かる。最初と最後だけなら全く不明の理論だが、全体を見ると合点がいく。 風が吹いたら埃が舞って、それが目に入るから眼病が流行って、昔だったから良い目医者が少なくて失明する人が増えて、そういう人達の仕事は按摩師か三味線弾きで、三味線弾きが増えたから猫の皮が沢山必要で、猫が少なくなったからネズミが増えて、ネズミはなんでも齧るから桶やタライも齧られて、結果的には桶屋が儲かる。 「今日の深山ちゃんはとっても楽しそうねぇ。いつもはこの人、寂しそうに一人でポツンってカウンターの隅に座って、もそもそご飯食べてるのよ?まさかこんな若くて可愛い彼女連れてくるなんて思わなかったわぁ」 そう言われて深山さんは少し照れた様に日本酒を猪口で飲んだ。 「深山ちゃんに引っかかってくれるなんて、お嬢ちゃんも優しいのねぇ」 明るくて、そして歯に衣着せぬ中々愉快な女将さんだった。 私も好きな店だったが随分前に閉店した、女将さんの持病のヘルニアが悪化したとかで。 現在はベーグルサンドが美味しいカフェになっている。深山さんとは行った事が無い。 多分、その頃にはもう深山さんとは何回か寝ていただろうと思う。「金玉、金玉」と連呼し合っていた訳だし。女将さんには言わなかったが、別に私は深山さんの「彼女」という風な物ではない。 「彼女」にはしてもらっていない、今もだ。 私は深山さんに引っかかってあげたのに、深山さんは私に引っかかってくれないのだ。
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