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(だけど、それも終わり)
ゆっくりと少女は空へと足を進める。その足取りは視界をさえぎられている者とは思えないほど確かに、彼らの世界と外の世界を隔てる透明なガラスの前でぴたりと止まった。
「――シン」
「…………」
背後の暗闇に溶ける少年に声をかける。柔らかい声音が静かなフロアに広がり消える。
返事は無い。だが彼女には少年が立ち上がり、自分の背後へと足を進めたことは解っていた。
つい、と片手でガラスに触れる。
ひんやりと冷たい感触が少女の指先に伝わり、その冷たさに、喉のさらに奥で膨れ上がるような不安がほんの僅かだけ静まる。
(大丈夫、私はまだやれるわ)
自分を鼓舞するかのように、少女は小さく息を吸い込むと、口を開いた。
「さあ、準備はいい?」
「……本当に……っ」
それでいいのかと問いたいのだろう。
苦渋のにじむ、最後まで言わぬ内に打ち切られた言葉の重さを理解して、彼女はまた困ったように微笑む。
「気にしないで。どの道今、私はここから動けない」
「……っ」
わかっている。だけれど、納得などいく筈もないと黒髪の少年は歯がみし、自身の姉を見つめる。
そんな弟に静かに笑みを向け、また少女はガラスへと向き直った。
「大丈夫、貴方なら飛べる」
そう呟いて、目を閉じる。
すう・・・・・・と息を吸い込んだ。
内側から広がる力。この力は、この力だけは、私の思うがまま。
「貴方は今」
ガラスに当てた指先に光がともる。重力に反して、彼女の長い黒髪がふわりと浮き上がった。
「外へ出られるわ」
その刹那。
鋭い音をたててガラスが砕け散る。
キラキラと砕けた破片が夕日のオレンジを乱反射させながら雲海へと舞い落ちる。
「さあ!!!」
部屋に吹き込んできた風に、黒髪と鮮やかな着物をはためかせながら彼女は叫んだ。
「行きなさい!」
「…………っ」
目を瞑り、歯を食いしばって少年は外へと駆け出す。
少年の纏った白いコートが少女の視界を横切り白い線を描く。
踏み切る。外へと。
「必ず―――っ」
自身の横を通り抜ける、その一瞬、感情を押し殺した少年の声が耳を掠め、少女は鮮やかに微笑む。
少年の体は雲海へと吸い込まれていった。
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