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ワイングラスを傾けながら、僕は事後の彼女を眺めた。
化粧台に座る彼女の顔は凛として曇り無く鏡面に浮かぶ自身を見つめていた。
鏡越しに目が合って、彼女は髪を結う手を休めずに言った。
「あたし、結婚しようかと思って」
「そう」
短く返すと彼女は表情を変えることなく僕を見据えた。
「何も言わないのね」
「何か言ったところで君は変わるの?」
彼女は化粧台から立つとサイドテーブルに置かれたワイングラスに指輪を投げ入れた。
「変える気もないくせに口上だけは一人前ね」
次の瞬間、ワインボトルを掴んだ彼女はそれを僕の頭上に掲げ逆さにした。
冷えた赤い液体は髪から顔を塗らし、僕を染めた。
「さよなら。馬鹿野郎」
閉められたドアを見送って、不意に化粧台の鏡を見れば僕はまるで赤い涙を流す道化師のようだった。
どうせなら馬鹿野郎よりは愚か者と罵ってくれたなら的を得ていたのに、小さく笑う僕は不様な泣き笑いを浮かべた。
+END+
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