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引っ越してきたんだ。
私は足早にエレベーターに乗り込んだ。
いつものように四階のボタンを押す。
ゆっくりとエレベーターが上昇を始める。
私は、右手に持った小さな箱を静かに握りしめた。
箱から漂う甘い香りが、閉ざされたエレベーター内にほのかに広がってゆく。
箱の中身はロールケーキ。
帰り道、急ぎながらもおいしいと評判のケーキ屋に寄って買ってきた。
これも計算の内よ。
引っ越しで疲れた彼に私からのプレゼント。
私ってなんて気が利くの?
予想外のプレゼントに彼は大喜び。
彼の中で、私の印象は急上昇。
更にいい女度はアップ!
「良かったら一緒にたべませんか?」なんて言われたりして。
そして、徐々に交流を深め、いつしか自然と二人は――
その瞬間、「チン―…」という音と共にエレベーターのドアが開いた。
見慣れた景色。
どうやら四階に着いたみたいだ。
……いいとこだったのに。
私の妄想は、着いたと同時にあっけなく幕を閉じた。
私は自分の部屋の前を通り過ぎ、足音を忍ばせながら彼が引っ越してきた402号室の前に立つ。
そこには、真新しい『澤村』の表札が掲げられていた。
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