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気のせいだと思い、気にも留めずに私はケーキの箱に手を伸ばす。
「あの、これ……」
そう言いかけた時、私は箱を掴みかけた手を止めた。
目の前の彼の後ろから、女がひょこっと顔を出す。
若い女。
その女は私に微笑みかけながら「こんばんは」と言った。
そして、彼の隣に当たり前かのように並ぶ。
それを見た途端、私の心臓に鈍い痛みが走る。
──なにこの女。
鼓動が速くなって、まるで体全体が脈打ってるみたいだ。
──あんた、誰なのよ……。
胸にどんどん痛みが増してゆく。
誰かに心臓を握られてるみたいに、痛くて息苦しい。
私の頭に、駆け巡ってゆく嫌な予感。
それは小さな点のように現れ、黒く渦を巻き始めながら徐々にその大きさを拡大してゆく。
私を飲み込もうとする。
怖い。
私はその女に小さく「こんばんは」と返した。
八重歯を覗かせた笑顔で、女は私を見る。
「ご挨拶が遅れてすみません。隣に引っ越して来た澤村です。よろしくお願いします」
『澤村』
彼と同じ名字だ。
それは一番考えたくないこと。
嫌だ、違う……。
違う……。
そうじゃない。
絶対に!
軽い眩暈に襲われながら、私はか細い声で核心に触れようとした。
「……お二人は?」
女は笑う。
私を見て。
そして、言った。
夫婦なんです、と――
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