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私は、無造作に放置されていたケーキの箱を掴んだ。
箱を抱えながら、再び壁に耳を押し付ける。
耳が痛い。
痛いのにやめることが出来ない。
壁一枚の向こう側では、楽しそうな笑い声。
……悔しい。
隣の私がこんなに苦しんでるとも知らないで。
会ったばかりのあの女が、こんなにも憎い。
私は、抱えていた箱を開け、彼にあげるはずだったロールケーキを手掴みで持ち上げた。
あわよくば一緒に食べるはずだったケーキ。
隣から聞こえるあの女の笑い声で、掴んでいた手に力が入る。
柔らかいケーキは、たちまち私の手の中で潰されてグチャグチャになった。
握りしめた手からこぼれ落ちる、潰れたケーキの残骸。
さっきの綺麗な丸い形とは正反対の醜い姿。
うつろな目で見つめていると、また、泣けてきた。
私は、ぐちゃぐちゃになったそれを泣きながら口に運んだ。
こんな汚く醜くなっても、甘くて美味しい。
潰されたケーキの甘みが、胸にじんと染み入ってゆく。
あんなに楽しそうな笑い声。
きっと、私の入る隙はない。
きっと……。
私は、諦めようと思い始めていた。
彼を想っていても無駄なんだと。
報われない恋なんだ、と。
──邪魔者は私だ……。
そう思った。
本当にそう思っていた。
この時は……。
それなのに。
それなのに、私は──……。
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