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あれから何日か過ぎた。
私は隣の「澤村夫婦」と出来るだけ顔を合わさないように、出勤時や帰宅時には細心の注意を払いながら行動をしていた。
出掛ける前は、ドアスコープを覗き込み、人の気配が無いのを確信してから逃げるようにエレベーターへと向かう。
そして帰宅した時は、マンションから少し離れた場所で四階を見上げ、マンションの入り口付近に誰もいないのを確認して急いで部屋へと戻る。
そんな生活が続いていた。
本当に疲れる。
あの二人に会いたくない。
彼に会いたくない。
会うと辛くなるのがわかっているから。
なのに私は――
毎日綺麗にメイクをし、毎日綺麗に着飾ってから出掛けるようになってしまった。
メイクや髪、服装すべてに時間をかけ、選び、納得のいった完璧な「私」を作り上げる。
たとえどんなに時間が無くても。
いくら避けて過ごしても、もしかしたら彼に会ってしまうかもしれない。
可能性はゼロじゃない。
そしたら、綺麗な私を見せなければ。
彼の前では美しい私でいなければ。
会いたくないのに会いたいと思う私は矛盾している。
私をそうさせるのは、心のどこかでやっぱり彼を諦めきれないからだ。
そして私は――
壁に耳をくっつけては、隣の部屋の物音や、話し声を盗み聞く事をあれ以来やめられないでいた。
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