虹狼手記

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森の中を流れる小川にそって少女は歩いていた。短く切られた髪と美しき絹の着物が彼女の巫女という身分を示す。彼女の瞳は黒曜石のように艶やかで、濡羽玉の黒髪は風に遊ばせていた。彼女の名は明姫(ミョウフィ)というが、彼女の村の者は『龍神の妻』と呼ぶ。実際は龍神など彼女は見たことなどない。彼女にできることはまだ見ぬ神への祈りのみ。 ふいに明姫の足が止まる。祠のある滝の側で人間が倒れていた。長く垂らした天(そら)色の髪からして女だろうか?明姫が近づくが、その人物は気づかないようだ。木蓮の花のように白い肌に飾られている紅い花弁…いや、血…? 「大丈夫か?」 明姫が抱き起こすと、女はうっすらと目を開けた。真紅の瞳が一瞬にして淡い緑色に変わる。虹の…瞳?明姫が訝しげな表情をしていると、女は口の端を持ち上げた。 「かわいこちゃんが助けてくれるとは、俺の人生も捨てたもんじゃないな」 聞き慣れない文句に、明姫は思わず頬を朱に染め顔を隠す。手を離したため、長髪の男の体が地面に容赦なくたたきつけられた。 「うぐっ!」 「すまないっ」
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