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「あら、ご心配には及びません」
まるで男がそう話したかの様に彼女は答えた。
内心驚く男。
そして、恐る恐る彼女の瞳を見た。
源泉のような透明度と冷たさすら感じる瞳が、こちらを見ていた。
敢えて。
その瞬間、男は更に驚き、そして確信した。
彼女は完全に自分の心を読んだのだと。
それすら隠そうとせずに、こちらに悟らせた。
自分たちは常識とは少しずれた場所に今居るのだと、改めて教えられたように感じた。
これ程の人なら、この人なら本当に娘を救ってくれるはずだ。
男は震える手で湯飲みを取り、お茶を口に運ぶ。
何食わぬ顔で、同じようにお茶を飲んでいる目の前の女を、信頼しながらも“怖い”と思った。
その感情を無くしてしまいたいと、男は一気にお茶を飲み干した。
「……一つ、お願いがあります」
ふいに彼女が口を開いた。
「はい、何でしょうか?」
「何かを感付かれては、こちらも動けなくなりますので……。何があっても、娘さんとはこれまで通り、普通に接して下さい」
確認するかの様に、女は二人にゆっくりと言った。
「もちろんです。私たちの娘ですもの…!」
誓う様に妻は膝の上でぎゅっと拳を握り込み、答えた。
男も無言で、でもしっかりと頷いた。
そんな二人を見て、女は口角を少し上げた。
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