ねがい

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最終電車に揺られて掴まった手すりがベトつく。 これで3日連続の終電。自分が想像していた社会人生活とはかけ離れていた。 上司に怒鳴られ小突かれ終わりそうもない仕事に囲まれる日々。 こんなはずじゃなかった。俺はため息をつく。 どこで間違ってしまったんだろう。考えてみる。 適当に大学生活を過ごして適当に就職活動して。 いつのまにかじゃない。全部自分で選んで歩いてきたんだ。 自業自得。そんな言葉で片付けられてしまう。 俺が悪い。その通りだ。 ふと彼女のことを思い出す。最近は忙しくて顔はおろか声すら聞いていない。 メールを送っても返ってこない。まぁ返信すらなかなかできない俺が悪いんだけど。 一体なにやってんだ俺は。 駅に着く。季節は秋。若干肌寒い。駅前の広場にギターを抱え歌っている人がいた。 昔の自分を思い出した。友達と一緒にバンド組んでライブをやりまくってた。それが楽しくってしょうがなかった。 やばいまた昔は良かったと思ってしまう。年をとったな俺も。 よく見ると歌っている人はいい年こいたおっさんだった。 顔に似合わないロックを歌うおっさんが気になった俺は曲の合間を見計らって声をかけた。 「おっさん。いい年こいてなんで路上ライブなんてやってんだよ?」 「音楽に年なんて関係ないだろ。」 「そりゃそうだけど。仕事はやってねえのか?」 「してる。これは俺の夢だ。」 俺は苦笑いだった。夢。そんなもん叶いっこねぇだろ。 「そうか頑張れよ。」 俺はそう告げて帰ろうとした。 「お前は」 おっさんの声で立ち止まる。 「くだらないと思ってるかもしれんが俺は真面目だ。叶わなくてもいい。 自分がやりたいことをやればいつか叶う。そんな気がするんだ。」 「...そうか。笑ってすまなかった。」 とりあえず俺は謝った。 家に帰るまでおっさんのことについて考えた。 自分がやりたいことをやるか。 俺にそんな勇気はない。今の日々に不満はあるが捨てる気にはならない。 もう少し考え方を変えてみよう。 自分を理想の自分に近づけられるように。最後に笑えるように。 「理想の自分になる。」そのねがいをいつか叶えられるように。 明日からまた同じような日々が続く。それでも何か変わるような気がした。
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