虚空の中の少年 美月side

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「先輩、どうですか?」 離れた場所に立つ先輩に大声で尋ね、スタートラインまで戻る。 「んー……やっぱりスタートダッシュが遅いな」 「そうですか……」 先輩は、力なく呟く美月の肩を慰めるように叩いた。 「次また頑張ろう?取り敢えず朝練はここまでにしてさ」 美月は先輩の言葉を聞き、校庭に設置されている時計に目を向けた。 八時十分。 そろそろ準備を始めなければ、朝礼に間に合わなくなってしまうだろう。 「分かりました。また放課後、お願いします」 「いえいえ。期待のルーキーに教えるのは私も楽しいしね。ま、授業も頑張りなさい」 「はい!有り難うございました!」 先輩は笑いながら、ひらひらと手を振る。 それに応えるようにして、美月も手を振り返す。 先輩が見えなくなったところで、美月は慌てて更衣室へ駆けていった。 予鈴のチャイムが鳴り終わる。 やっば! このままじゃ遅刻になっちゃうじゃん!! 美月は着替え終わると同時に再び走り出し、乱れた髪のまま教室へ飛び込んだ。 「まっ、間に合った!」 「阿呆っ!ギリギリだ、ギリギリ!」 腕を組んで、担任の坂下 美琴(サカシタ ミコト)は呆れた笑いを浮かべていた。 その横に、見知らぬ少年が立っている。 「……誰?」 「転校生だ。松永、いいから席に着け!」 「はーい」 やる気の無い返事を軽く返し窓際の席に着くと、美琴は転校生について話し始めた。 「こいつは、今日から新しくここのクラスに入る事になった奴だ。ほら、御堂。自己紹介しな?」 「……御堂 宙(ミドウ ソラ)です」 転校生のあまりにも簡潔な自己紹介に、教室がしんと静まりかえる。 「……終わりか?」 「終わりです」 「それだけでいいのか……?まぁいい。席はさっき来た煩い奴の後ろだ」 煩い奴って……。 ちょっと酷くない? 宙は暴言に近い言葉など気に留めず、こくりと頷くと席へ向かって歩を進める。 可愛らしいという形容詞が似合いそうな少年、御堂宙。 彼は騒めく生徒を無視し、無言のまま椅子に腰を掛ける。 美月は座った宙を顧みて、「これから宜しくね」と手を差し出したが、宙はその手を握り返す様子などみせない。 暫くして美月はやり場のなくなった手を静かに下ろし、深々と息を吐いた。
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