dear friend

9/10
3335人が本棚に入れています
本棚に追加
/113ページ
「え…?」 私は、聞き返すのが精一杯だった。 外の雨はもう、本降りに代わっていて、沈黙を埋めるかのように、激しい雨音が静かな車内に響いていた。 話の展開に、頭がついていかない。 徹也は、彼女の話をしているんじゃ…無かったの? もし違うんなら、 違うとしたら、 その相手は… 「止めてください」 徹也が答える前に、この空間から離れたかった。 「え、お客さん駅までかなりありますけど…」 タクシーの運転手がバックミラー越しにこちらの様子を伺った。 「いいから下ろして!今すぐ止めて!」 徹也と一緒には、いられない。 私は運転手を怒鳴りつけ、車が止まると同時に転がるように車から降りて走り出した。 徹也の私を呼ぶ声が聞こえたけれど、気にせず走った。 終わったはずの恋だった。 8年前のあの日に封印して、化石になっていたはずだった。 涙が、止まらなかった。 勘違いでもいい、徹也が今、誰を想っててもいい。 私たちは8年間、片思いしあっていたんだ。 それだけで、もう十分だ。 左手に強い衝動があり、自分の手を捕まれたことに気がついた。 「徹也…」 涙は止まらなかったけれど、雨のおかげで涙なのか雨粒なのか自分でもわからなくなっていた。 今更、思いを伝えたところでどうにもならないことは分かってた。 素直な気持ちだけを伝えた。 「幸せになってね」 徹也が笑う。 くしゃくしゃなその笑顔は雨のせいでずぶ濡れで、まるで泣いているようだった。 もしかしたら、徹也も泣いていたのかもしれない。 こんなに側にいたのに、何も気づかないなんて。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!