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煙草の匂いの染み付いた安いモーテルの部屋。
男は情事が終わると、その体重に痺れてきた私の下肢を労わることもなく、そのまま乱暴に身体を離し、隣に倒れこんだ。
部屋の隅のゴミ箱には、シルバーの結婚指輪が捨てられている。
昨日まで男の薬指に嵌められていたその指輪を、この部屋に入ったときに私が捨てた。
―女は、誰だって女狐よ。
私はやおら、起き上がると、仰向けになった男の胸元でそう囁いてやった。
身体を重ね合わせる前に寄った喫茶店で、男の妻は
ドロボウっ!!
悲しみとも、怒りともとれる言葉で私を罵った。
家庭のある男を好きなったことに、罪は無いと思う。
けれど、私はその男を妻から奪い、こうして手中に収めてしまった。
この不倫という名の罪は、どれほどのものだろうか・・・。
男の吐き出す煙草の煙が、真っ直ぐに上っていく。
窓も無く、空調や換気もあまり行き届いていない部屋。
ここで吐き捨てられた煙は、もうこの部屋からは出て行けない。
壁や天井に染みつき、匂いだけが残る。
男の妻は専業主婦だった。
この煙のように、一生、男について生きていく人生は面白いのだろうか?
男の妻のことを考えるたびに、常々、私はそう思っていた。
―この男という呪縛から解放してあげたのよ。
怒りで、今にも自分につかみ掛かってきそうな妻に、私はそう吐き捨てた。
ついに、泣き崩れる妻。
一服終えた男の指が、再びの欲情を求めて、私の胸元で遊ぶ。
私は、だんだんと激しくなる男の愛撫に、艶美な吐息を漏らして応える。
自分の欲情のままに動く男。
女への優しさなんて全く無い。
女を支配することが何よりの喜びで、自分の腕の中で、恍惚とした表情を見せる従順な女の姿に何より満足している。
私は、男の動きに従いながら、閉じた目の中で、男の妻のことを思い出していた。
妻だけを残し喫茶店を出ると、派手な色の車が停まっているのが目に入った。
運転手は、いつか街で見かけた、男の妻の横を歩いていた若い男だった。
泣き崩れる妻が、一瞬見せた、口元の笑み。
かの女に、私はもう一度言う。
―だから、こ、の、男という呪縛から解放してあげたのよ。
私は考える。
こ、の、不倫という名の罪は、どれほどのものだろうか・・・。
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