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「仁村先生、今日は病院を休まれたと伺いました。」
無表情で丁寧な中野の物言いであるが、敵意すら見てとれる菅井の視線が今日の用件は別にあることを予感させた。
「先生、事件の捜査が難航していましてね。体調がすぐれないところ申し訳ありませんが、署まで任意でご同行いただけませんか?」
意外過ぎる菅井の言葉に、もともと頼りなく袋を握っていた悟の両手は完全に握力を無くした。
音をたてて袋が地面に落ちる。
首も膝も萎えて身体全体が糸の弛んだマリオネットの様に脱力する。
突然の事態に呼び覚まされた悟の思考が、瞬時に全てを推察した。
弛みきって定まらない視線に怒りか憎しみか、曖昧な悪意を灯し、頭を斜め前に垂れた姿勢のまま、悟がぐったりと応える。
「任意同行ですって?」
「刑事さん達は僕を容疑者だと思っていたんですか?」
「今思えば、数いる職員の中から、僕だけに捜査の協力依頼をして話を聴こうとしていたこと自体が変だったんだ。」
「何で、早く気付かなかったんだ。馬鹿だ、僕は。」
「ご同行願えますね。」
初めて聴く中野の冷たい声であった。
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