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フェリー乗り場からバスに揺られて三十分。自分以外降りる者の居ない寂れた停留所に降り立つと、本州よりもずっと強い島の日射しが遮るような高い建物が存在しないために直接降り注いできて容赦なく肌を焼く。
ここで一ヶ月過ごせば帰る頃には真っ黒になるだろうな、と思いながら首に引っ掛けたタオルで流れ落ちる汗を拭って歩き出した。
箸島と呼ばれる二つの島のうち、フェリー乗り場や空港、私立の高校などがあり多少は近代化された女箸島と違い、僕の居る男箸島は古き良き田舎といった雰囲気なのだけれど、この地域は特に田舎だ。
基本的には田んぼが広がる農作地で、青々と繁る稲の中にぽつぽつと農家らしき銀色のトタン屋根が見える。そんな中に明らかに異質な雰囲気の大きな屋敷が一つ。それがぼくがこれから一夏の間お世話になる親戚の家。御影の家だ。
開け放たれた大きな門をくぐり、広い庭を通って玄関の前まで来ると、割烹着姿の女性が打ち水をしていた。
御影鞘子さん。この家のお母さんだ。
鞘子おばさんはぼくにすぐに気付くと、打ち水を中断してぼくのほうへ近付いてくる。
「よく来たわね、昴流くん。心配して待ってたのよ」
「お久しぶりです、鞘子おばさん。今日からしばらくお世話になります」
頭を下げて挨拶すると、鞘子おばさんは「昴流くんは丁寧ね」と笑ってぼくを家の中に招き入れてくれた。
「剣子ー! 刀子ー! 昴流くんが来たわよー!」
玄関から広い家の中に向けて鞘子おばさんの大きな声が響く。
……返事は聞こえてこない。しん、と一瞬の間があった後、どたどたと乱暴な足音が遠くから響いてきた。
「こら刀子!」
鞘子おばさんが走ってきた彼女を諫める。
さすがは家族、名前を言っただけで言いたいことは伝わった走って現れた彼女は、玄関まで来ると急速にブレーキをかけて、
「いいじゃねえかよ。こんなただっ広い家、ちまちま歩いてられねーよ」
などと悪びれもせずに言ってから、ぼくの方を向いて「よう」と、手を上げながら少年のような笑顔で挨拶した。久しぶりに会うのに、本当に相変わらずで安心する。
「よかあらへん。まったく。小学生でもないんやから廊下を走るなんて」
その反論に対する反応は鞘子おばさんではない。廊下の奥、上品な足さばきで歩いてきた姉妹の片割れのセリフだ。
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