昔話 [1] 『失』

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「………ッ!」 腕の中で温度を失っていく肉塊に、ゼノレウスはギリッと奥歯を軋ませた。 「ゼノレウス様、ご指示を」 「…退け。この死を無駄にしてはならん」 そっとその瞼を撫で下ろす。 薄い皮膚はさしたる抵抗もなく下がり、眼窩を隠す役を果たした。 「しんがりは俺がする。先に行け」 「…は。」 簡素な鎧を身に纏った兵士が、一礼をして小走りに去る音を、ゼノレウスはどこか遠くに聞いていた。 言葉の抵抗は虚しく破られ、つい半日前まであった笑顔は二度と戻らないものになった。 周りの者の心に、大きな爪痕を残したまま。 震える息をどうにか吐き出して、ゼノレウスはその眼窩の上に指を置いた。 「…お前の種族は残酷だな。流れる血はこんなに赤く熱いのに…冷血だという言葉がピッタリだ」 躊躇いが指を何度も瞼の上を撫でさせる。 やめろと止める腕はない。 笑いながら振り払われるのを期待するかのように、ゼノレウスは何度も何度も瞼を撫でた。 「…生きろと言ったのに、勝手に死にやがって。俺の命令だぞ。もう少し根性入れろ」 恨み言をいくら重ねても、瞼は開かない。 ゼノレウスは深く息を吐いて、…グッと眉間に皺を寄せ奥歯を噛み締めた。 「次は陽の当たる楽園で逢おう」 ぐちゅりと。 爪で青年の瞼を裂いて、指を眼窩にめり込ませる。 既に事切れた肉塊は、ピクリともしなかった。 そのまま眼球を傷つけぬようにくり抜く。 視神経と筋肉を引き裂くブチブチという感触が、胸に苦しかった。 水の奇跡を呼び、青い水晶体を宿した二つの球体を清める。 紅から逃れた蒼い双球は、ゼノレウスの手の中で嬉しそうに僅かな光を反射した。 「…お前が見たもの、届けてやる。だから…ゆっくり休め」 横たわる青年の懐をあさり取り出した小瓶に、蒼い双球を入れる。 中に入っていた液体に、ポチャンと軽い音を立てて彼は沈んでいった。  
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