昔話 [2] 『穏』

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その日、彼女は荒れていた。 「ねへじぇいってばきいてるぅうう!?アらシぃ、すぅっっっごく!…くやぁしかったんらからぁああ!」 「ハイハイ、聞いてる聞いてる」 ダンッ!と大きな音を立てて、木で出来たゴブレットがテーブルに叩き付けられる。 ソレから溢れた酒を布巾で拭き取りながら、「ジェイ」と呼ばれた男はため息を吐きつつおざなりに言葉を返した。 彼はジェイ。駆け出しではあるが、魔導士である。 魔術、魔道を修め、ただ使役するだけでは飽きたらずに開発にまで手を出した人間を『魔導士』と呼ぶのだが、彼はその中でももっとも年が若く、有望株とされる魔導士の一人であった。 その彼の隣を陣取りへべれけになりながら怒りを露わにしているのは彼の幼なじみの少女で、名をカレン・キスティスといった。 彼女は女だてらに鍛冶士を営み、父から受け継いだ工房を一人で切り盛りしていた。 彼女の父親は王宮騎士団へ武具や防具、馬具などを納める事を許された優秀な鍛冶師であったが、数年前に流行病でカレンを残してこの世を去ったのだ。 彼女は現在、父の残した店と技術を受け継ぎ、男社会の鍛冶の道で、女の身でありながら精進を重ねる日々を続けていた。
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