名前

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始業式から数日後の放課後。 私は委員会で帰りが遅くなっていた。 クラスメイトは既に帰ってしまっていて、教室に残っているのは私だけだった。 帰宅しようと荷物をまとめて教室を出ようとした時、廊下から名前を呼ばれた。 「高野さん。」 岩村先生だった。 「ちょうど良かった。すまないけど、職員室まで荷物を運びたいので、手伝ってくれませんか。」 彼は両手で本の束を抱え、その上にはさらに紙袋を載せていた。 「わかりました。」 面倒だと思いながら、私は仕方なく手伝うことにした。 「この上の紙袋を、持って欲しいのですが・・・。」 彼は、抱えていたノートの束を私が紙袋を取りやすい高さまで下ろす。 私はノートの山が崩れないように支えながら、上に載っている紙袋を受け取った。 中にはプリントの束が入っているのか、結構重たい。 「ありがとう。」 「いいえ、どういたしまして。」 そっけない返事だったと思う。 私は、彼と話すのが少し面倒くさいと思いながらそう答えた。 職員室と昇降口があるのは一階。 三年生の教室がある三階から階段を降りていかなければならない。 階段に差し掛かったところで、彼が私に尋ねた。 「高野さんは、自分の名前の由来を知っていますか?」 なぜ、そんなことを聞く必要があるんだろう。 変なことを聞く先生だと思いながら返事をした。 「いえ、知りません。」 「そうですか。それは残念です。」 彼は、本当に残念そうにトーンの落ちた声で返事をした。 「実は、あなたと同じ字を書いて、同じ読み方をする人がいるんです。彼女もまた、自分の名前を知らないのですが、素敵な名前だと思いましてね。」 初耳だった。 これまで私は、自分と同じ名前の人に出逢ったことがない。 風変わりな名前なので、そんなこと考えてもみなかった。 急に彼の話に興味が沸いた。 「同じ名前?誰ですか?」 彼は私の質問に、少し間を置いて答えた。 「妻です。」 「へぇーっ。」 なんだ・・・ノロケか・・・私の中の興味の糸がぷつりと切れ、愛想の無い返事を返した。 彼はそれ以上のことは話さなかった。 私は荷物を職員室に運んでしまうと、少し足早に学校をあとにした。
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