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走っていた。
遺跡の残骸で形成された不安定な足場だが、足を取られる前に次の歩を踏み出している。
それ程の全力疾走だ。
しかし、背中を走る怖気と頭の中で鳴り響く警鐘は依然として止まらない。
「あンの腐れ禿げ! 帰ったら刻み殺して豚の餌にしてやる!」
絶叫。
豚など飼ってないし、言葉通りに出来ないのも分かっているが叫ばずにはいられない。
左腕で脇に抱えている物の重量が、俺の腕に疲労を訴える。
詳しくは知らない。
それなりに貴重な鉱石らしいが、クソ重いそれは俺にとって足枷でしかない。
だからと言って放り出す訳にもいかないのが、悲しい俺の現実だ。
宣言通りに殺せないのも当然と言えば当然。
なにしろ依頼人だ。
これを放り出した瞬間、今後の生活が更に先行不透明になってしまう。
嫌がらせに別ルートで売り飛ばす事も考えたが、もしバレたらただでさえ高いとは言えない信用度が地に落ち込んで更にマントルまで沈む。つまり経済的に死ぬ。
轟音。
現実逃避していた俺の意識ごと消し飛ばしそうな音量が、背後から叩き付けられる。
ゆっくりと、壊れた人形のような動きで振り返った俺の背後では、モンスターの住居だと思われる建物が粉砕されていた。
更に、距離にして俺から一〇メートルほど後ろの地面を砕いた生き物と、俺の目が完全に合う。合ってしまった
腹の張っている胴体。
大きく突き出た目。
水かきの付きの手。
緑のヌメった肌。
カエルだ。
そいつを見た十人中十人がそう形容するに違いない。
不意に、カエルが跳んだ。
間の抜けた光景だが、地下迷宮の弱い光源が遮られ、俺の顔に影が落ちる。
破砕音、地響き。
反射的に横に転がった俺が直前まで存在していた場所に、カエルが着地した。
先ほどまで一〇メートルあった距離が、たったひと跳びで詰められたのだ。
「死んでも文句つけて慰謝料請求してやるあの詐欺商人!」
粉砕された瓦礫で体を強打しながら、脳内で依頼人を金鑢で削り殺して豚に撒いておく。
頭上からカエルの鳴き声が聞こえたが、その姿を確認するまでもなく一八〇度転身した俺は再び駆け出した。
見なくとも分かる。
背後にいるのは身の丈三メートル以上の化け物ガエルだ。
誰か、俺と人生交換してくれ。
割と大至急で。
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