序章 地下迷宮(アンダーグラウンド)

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背後から痛いほどの視線を感じる。 ようやく俺の魅力に気付いた女性方の熱い視線だったら大歓迎なんだが、んな訳ないな。 俺が振り返ったのとカエルが口を開けたのはほぼ同時だった。 とっさに進路を変えた瞬間、寸前まで俺が進もうとした所で桃色の矢が閃く。 普通のカエルが虫を捕まえるのと同じように、舌を伸ばしたのだ。 舌が着弾した瓦礫がえぐれているのを見て、俺は少し気が遠くなる。 どうやらこのカエルは捕らえるよりも串刺し派らしい。 獲物を逃した事を察した両生類の目が俺を追い、不意に喉袋が膨らんだ。 「って、うぉい!」 喉を風船のように膨らませたカエルが、何をするかを悟った俺の背筋に怖気が走る。 全力でカエルの横に回り込むように足を動かす。 左腕の鉱石が果てしなく邪魔。 次の瞬間、気色悪い鳴き声と共にカエルの口から奔流が吐き出された。 いや、吐き出すという言葉は適切ではないかもしれない。 水道の蛇口を全開にしたような、明らかにカエルの胃袋以上の波濤と呼ぶにふさわしい水量。 奔流が直撃した遺跡の残骸から煙があがり、肌を刺す刺激臭があがる。 吐き出されたのは強酸の息吹だった。 跳ねてきた飛沫を腕で防ぐと、コートが溶け、その下の籠手が煙をあげた。 服にも飛抹が飛んで小さな穴が無数に開き、体にまで触れたのか刺すような痛みが走る。 異常な濃度の強酸を吐き出し終えたカエルが俺に向き直る。 というかこいつは俺を食いたいんじゃないのか。 「溶かしたら食えるものも食えなくなると思うんだが?」 完全無視。 カエルの口元からは蒼白い光が漏れている。 魔術。 いや、人間ではなくモンスターが使う場合はどう言うのかは知らないが、とにかく最悪だ。 どっから見てもカエルにしか見えないコイツは、一応ドラゴンに分類されている。 蛙竜。ドラゴンフロッグ。 『水(すい)』による魔術で精製した強酸を大量にブチまける、見た目も生態もふざけたカエルだ。 名前についての文句は過去に名付けた人間に言ってくれ。 足が自然と後ろに下がる。 状況は絶望的。 ゲロを避けようと回り込んだ事で逃走方向とカエルが重なってしまった。 思わず腰に下がった剣の感触を確かめるが、左手が塞がっている状態では満足に振るえない。 というか万全の俺でも無理。 無理というか無理。 こういう荒事が専門のはずの俺の相棒は『月に一度の日でダルい』とやらで欠勤。 心の底から呪っておく。
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