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現状を確認する。
逃走経路は前。
そのど真ん中に居座るのは、成長したら五メートル以上になるらしいドラゴンフロッグ。
対する俺は酸で体が地味に痛むがまだ動ける。
出来ればカエルの脇を駆け抜けたいが、どうやら無理っぽい。
逃げる以前の問題として、あの高速で串刺しに来る舌は避ける自信がない。
さっきのは単なる偶然だ。
結論。
このカエルをどうにかするしかない。
片手に鉱石抱えた状態で。
「無理」
俺の口から弱音が漏れる。
こいつはふざけた外見だが、ドラゴンという名がつけられるのは、それだけの力があるという事だ。
舌が当たったら串刺し確定。
ブレスと言うには抵抗のあるゲロは、大きな予備動作があるが、もし直撃したら生きながらにして溶けるという夢のような体験が出来てしまう。
この危機的状況で喜ぶのは真性のマゾか、自殺志願者か、脳が危篤な俺の相棒だけだ。
と、再びカエルが喉袋を膨らませた。
イチかバチか、やるしかない!
自由な右手を動かし、穴空きになった上着を確認。
幸い上着の裏にある大量のポケットはほとんど無事だった。
防刃、防炎、耐電が売りの信頼に足るコートだったのだが、流石に強酸にまでは対応していなかったようだ。
「絶対帰って請求してやる!」
コートの裏ポケットを探りながら毒付き、視線はカエルに固定したまま回り込むように駆ける。
とうとうカエルの口から蛍のような燐光が溢れた。
俺は先ほどから手で触れていた物を、ポケットからいくつか摘み出す。
複数の、大きな砂糖粒のような結晶。
これも安くはないのだが、今使わないと俺が死ぬ。
集中。
五感が自分から離れていくような奇妙な感覚を味わいながら、ここではない何処かに意識を伸ばす。
『これ』の詳しい理論など俺には分からないが、この状況を何とかしてくれるんなら大歓迎だ。
直後、口を開いたカエル喉元から一瞬魔法陣だと思われる物が覗き、死の奔流が放たれた。
カエルの側面に走り込む俺の横手から何かの灼ける音と刺激臭。
準備は不十分だが成り振りかまっていられない。
走りながらで集中も不十分なまま、俺は摘んでいた結晶を眼前に撒いて『向こうの連中』に意識の手を伸ばす。
「落ち着け、俺」
頬に冷や汗。
焦って行う魔術は博打に等しい賭けだが、成功しなければ俺が死ぬ。
今だけでいい。
幸運の女神が俺に惚れて、いやせめて微笑んでくれる事を祈ろう。
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