第一章 或いは平穏な日々

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両生類との修羅場を乗り切り、命からがら地下遺跡を脱出した俺は、雑然とした町並みを歩いていた。 小さなあばら屋がいくつも連なる商店街。 その中央の道を歩く穴空きコート装備中の俺に、遠慮のない客寄せの声がかけられる。 しかし、売っている物には恐ろしいほど統一感がない。 日常品、食物や焼き菓子を扱う一般的なものから、布の上に怪しげな武器を広げ路上で商売をする者、薬を堂々と売り捌く中毒者までと様々だ。 しかしその行為が法に問われる事はない。 いや、そもそもこの国には法など存在しないのだ。 ――世界の六割以上の大地を保有する大陸、ラハン。 歪んだ長方形の形をしたラハン大陸の中央を、西から東に横切って大陸を南北に分けるラハン中央山脈。 その山脈の南、ラハン大陸の南西の角に存在する国。 それがここ、『ラフレシア無統治王国』だ。 王国という名の通り、この国には王がいる――のだが、何を考えているのか、はたまた何も考えていないのか、この王様、『君臨すれども統治せず』という主義を貫いて国を放置している。 と言っても、放置し始めたのはかれこれ一〇世紀、千年も昔の話なのだが。 何が引き金となったのかは知らないが、史書によると、その頃のラハン大陸は戦乱状態にあったらしい。 『大戦』と呼ばれるその戦乱は、人間が、モンスターが、悪魔が、剣で、銃で、牙で、爪で、魔術で、血で血を洗うような凄まじい様相を呈したと聞く。 その大戦の中を生き抜いて勝者となったのが、現在この大陸に存在する各国の王族の祖、という事らしい。 が、前述した通りこのラフレシアの王は多少イカレていて、建国の後に法律も作らず、それでいて王として君臨し続けるという暴挙に出ている。 それが許されるのは王に絶大な力があるからだろう。 軍隊を率いた訳でもなく、たった一人で魔術を奮い、この領土を手に入れたとか。 大戦で戦った人間、モンスター、精霊までもを一つの町に押し込めて地下に封印し、その上に作ったのがこの町だとか。 ……史書に記されているとは言え、正直眉唾ものの逸話がいくつもあるのだが、実際この町の地下に異世界かと思うほど広大な遺跡があるのも事実だ。 同時に、王個人についてそれ以上の事は誰も知らない。 誰もが知る存在でありながら、逸話以上の事は誰も知らぬ、半ば伝説と化している魔術師。 故に、『魔王』と。 ただ、そう呼ばれる。
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