第一章 或いは平穏な日々

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更に言う事にはこの魔王、建国して以来誰かにその位を継がせた事がない。 信じられない事に、一〇世紀が過ぎた今も尚、魔王本人が君臨し続けているのだ。 まぁ確かに、魔術師の中には不老を志す者もいる。 現に『賢者ヨルム』や『美姫ゼルダ』など、一般人の俺が知っているほど有名な一部の魔術師は、人間の寿命を超越し二、三世紀前から生きているらしい。 しかしそれは、幾多の魔術師が試みてようやく到達した境地であり、魔王はそれすらも超越しているという証明に他ならないのだが。 魔術師であり、超越者であり、暴君である魔王。 彼、いや彼女かもしれない自由奔放な魔王は、ラフレシア無統治王国を建国した後、自分の居城以外で一つだけ手を付けた。 それがここ、『メルギナ』だ。 首都からは外れているが、唯一魔王が関わり、造り上げた町らしい。 一説に寄るとメルギナは、大戦時にモンスターや精霊や悪魔の世界と繋がっていた『異界の穴』を塞ぐ為の『蓋』としての町だと言う。 また別の一説に寄ると、大戦で魔王が戦った相手を未来永劫地下に封印する為の鍵だと言う。 真実を知るのは魔王唯一人だ。 ひょっとすると、単なる気まぐれで造っただけかもしれないが。 そういう経緯で、この町の地下には見当もつかないほど広大な『地下迷宮(アンダーグラウンド)』が存在する。 迷宮と呼ぶしかない構造のそこは、地下に封印された『人間以外のモノ』の住処となっていて、独自の生態系が形成されている。 では何故危険を侵してまで潜るのか? 決まっている。 その危険以上に魅力的な物があるからだ。 地下深くには大戦時、いやそれ以前の物かもしれない武器や魔術具など、過去の遺産が眠っている。 それでなくとも、モンスターの身体の一部や装備は何処の市場でも売れる物だ。 地下に潜り、秘宝を求め、モンスターと戦う事を生業にしている者は『侵入者』と呼ばれる。 ……それっぽい事をしていた俺は、侵入者ではなかったりするのだが。 ――商店街を抜けた俺は、開けた場所に出ていた。 『女神の憩い場』と呼ばれる、噴水を中心とした広場。 噴水の周りにはベンチが置かれ、広場の外周に露店が軒を並べる。 無法と混沌が行き交うこの町ではかなり治安のいい場所だ。 ……が、広場の名の由来となっている噴水の女神像は、見るも無惨な姿を晒している。 どうも何処かの馬鹿が叩き壊したらしい。 やれやれだ。
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