第三楽章 ―狂―

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翌日、雲一つない快晴が何百、何千という観客を覆っていた。 観客とはいっても、どれも皇族か上流貴族。   時計塔に太陽がかかる頃、新王誕生の儀式が始まる。   通過儀礼には一つだけ規則があった。 皇子が選んだ相手と決闘を行い、勝利すること。 その皇子が選んだ相手は――   「レイ、覚悟は良いな?」   「気高き姿で…」   太陽の下、燃える皇子の紅い髪は決闘相手となるレイの瞳より幾倍も美しく輝く。 髪一筋、真珠でなめした極上の糸。 妖しいまでの美しさを、サファイアの瞳が引き締める。   対するレイの瞳には宝玉の輝きは見えず、漆黒の睫で殊更輝きを抑えているようだ。   円で何かを隠すかのように   レイは黒の柄を握り締める。冷たく、それは痛みすら伴う。 皇子の剣は銀に煌めき、柄は瞳と同じサファイア。金装飾が眩しい。 そっと 厳かに   互いに剣を構えた。     「――始め」   審判の声、そのたった一つの合図で弾かれたように皇子はレイに向かい走り出した。 なびくルビー、レイは双眸を細める。 うっとりと、陶酔の視線の中に皇子は走り込んできた。   ――ギィイン   小気味の良い、剣と剣の悲鳴が上がる。   「攻めてこないのか、レイ」   挑戦的な視線で見上げてくる、何とも煽情的な眼差しに思わず艶やかに唇が微笑みを浮かべた。 返答とした漏らされた声、それは普段より僅かに低音。   「お怪我なさいませんよう。」   それは警告   それは祈願   言葉と同時に重なりあった剣を振り切れば、一歩踏み込んで攻めへと転じよう。 こんな決闘、形式だけの美しき喜劇であれば良い。 ある程度攻めて、そして負ければ立派な相手役の務めが果たせるというものだ。 知らぬは大切に飾り立てられ、守り続けられている皇子ばかり。 一つの舞台に立つ役者、それがレイに課せられたものである。       「レイ、俺の勝ちだ。」   レイの背後に落ちる剣、喉元を紙一重で裂かぬ皇子の切っ先があった。 沸き上がる歓声が鼓膜を破こうとする。   新王の正当な後継ぎとして認められた歓声。   切っ先を撫でるように柄へ、腕、肩と視線を滑らせれば行き着く先は若さに煌めくルビー。 額に汗が浮かんで、息は切れて。 全力で来たのだろう、満ち足りた表情。   「立派に、なられましたね。」  
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