37人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
女はベージュ色の柔らかなロングコートをはおり、白いマフラーと黒の革手袋を身につけている。髪を後ろで一つに結って、斜めにはらりとおろした前髪があどけない顔を大人びてみせた。
「すみません」
私は、照れ笑いしながら立ち上がった。すると、女は窪地に下りてきて、深雪(しんせつ)に足をとられながら私の方へ近づいてきた。
「うわあ、すごくきれい」
広げた傘を持ったまま、だらりと両手をおろして空を仰いだ。無邪気に笑う姿。私は単純に惹かれた。
「こんな場所、あったんですね」
「そうですね」
女は私を見つめた。だが、私はその視線から逃げるように体の雪をはらうことに集中した。
「同じ旅館ですか?」
女は地面に落ちた傘を見て呟いた。
「そうみたいですね」
私が落ち着いた口調で言うと、女は肩をすくめてふふふと含み笑いした。
「何か、おかしいですか?」
「寝転がって見るくらいに、きれいな景色でしたから」
「ああ……」
私は小さく頷いた。
「お一人でこちらへ?」
「ええ」
「私もです。なんだか、雪がとても見たくなって」
女はふっくらした白い頬に靨(えくぼ)をつくって、私を見つめた。
最初のコメントを投稿しよう!