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「ありませんか? そういうときって」
初対面にもかかわらず、女は次々と言葉を並べた。
「そうですね。静かに降る雪って、きれいですね」
「そう、そうなんです!」
女は嬉しそうに顔を綻ばせ、黒い瞳をうるませた。その笑顔を見ると、本当のことを話したくなった。
「僕は――」
死ぬつもりです。そんな言葉が喉の奥から出そうになった。
「いや、何でもないです」
私が頭をかくと、女は朗らかに笑った。
「たのしい方ですね。わたし、吉川千鶴といいます」
女はそう言って手袋をとると、真っ白な手を私に差し出した。
「松本浩一です」
私は頭に手を置いたまま、反対の手で彼女の手を握った。その手は、とても冷たかった。
「よかったら、ご一緒に夕食いかがですか?」
千鶴は、手袋をはめながら言った。そして、上目使いで私を見つめて微笑した。
「一人でさみしかったですから」
一瞬、千鶴の目に憂いがあるように見えた。私は、その瞳に心を奪われてしまった。自分と同じような悲痛が彼女にもあるような気がした。
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