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 千鶴はおしぼりで手を拭くと、私にきれいな蟹の身がのった皿をわたした。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」  私は千鶴を見つめて微笑んだ。彼女も優しい笑みを浮かべた。  一通り食べ終わると、テーブルの上は、散らかっていた。器が転がり、皿には蟹の殻があふれている。  私は、もうこれ以上食べられないくらいの幸福感に満ちた。そういえば、あの家を出てから、今この瞬間まで、ずっと一人で食事していた。人間が一人加わるだけで、こんなにも楽しいものだとは思わなかった。  死にたい欲求は、千鶴によって薄められていくようだった。  食後、仲居達が後片付けをし、布団も用意してくれた。素早い動きで部屋を寝室へと変える間、私達は窓際のテーブルセットでくつろいでいた。  ぎこちない空間。見ず知らずの他人が四名、その中で各々の役割を担っているようだった。千鶴だけは、本心で動いているような感じがした。私を優しく包みこんでくれるような雰囲気があった。  仲居達が入り口で一礼して部屋を出た。畳の上には布団が一組だけ残されている。それを見ると、無性に恥ずかしくなった。
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