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 どこまでも白い。  遠くの木々は雪をこびりつかせ、寒そうに佇んでいる。だが、さみしく冷えわたる空間でも胸を張り、枝の隅々まで命を輝かせているように見えた。そして「お前は怠け者だな」と、語りかける気さえする。もう、私の目にはそんな風にしか見えなくなっていた。  これから向かう先は、私が以前所帯を持っていた頃に妻と娘の三人で訪れた場所であった。蟹好きの妻が、勝手に旅行会社のツアーへ申し込み、私は会社を休んでまで参加させられた。  あれから二十年が過ぎる。きっと街角で会ったとしても、私のことはただの汚らしい中年男にしか見えないだろう。煙草のにおいがしみた上着、不潔な髪、近寄るだけでも嫌な感じだ。  電車の心地よい揺れが寝不足の体に伝わっていく。そして、私を夢の国へと誘った。  妻の陽子とは、高校の剣道部で知り合った。恥ずかしそうにして、友人に付き添われた陽子から手紙を受け取った夏合宿の最終日を今でも憶えている。  文面には、甘ったるい丸文字で三枚にもわたって陽子自身のことが書いてあり、内容はとても一方的なものだった。だが、思春期の私はどうしても女性と経験しておきたいことがあったために、軽い気持ちで付き合いはじめた。
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