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露天風呂の前を右へ曲がり、エレベーターホールまで仲居の後をついて歩く。私達は、無言のままエレベーターに乗り込んだ。
「夕食は何時がよろしいですか?」
私は体をこわばらせた。全くそのことを考えていなかった。同時に、自分が観光客なのだと実感した。
「……六時で」
「かしこまりました」
仲居は口元を綻ばせた。
エレベーターから降りると、仲居は私の困惑にお構いなしに部屋へ通した。そして、軽い旅行鞄を台にのせると、丁寧に礼をして出ていった。
「見知らぬ人は、余計につかれるな」
私は両手を広げて、大きな伸びをした。急に一人になったが、孤独感というよりも人に会わない安心感の方が勝った。
私は、長旅の疲れもあり窓際の低い椅子にどすんと腰を落とした。そして、ダウンジャケットを脱いで向かいの席に投げすてた。
部屋は十畳一間の簡素なつくりだったが、窓から眺める景色がそんな狭さを感じさせなかった。
山に茂る木々の筆先に似た枝は、一枚も葉を残さず散りつくし淡雪を含んでいる。頂上は、むら立つ雪雲に覆われて遠くへいくほどかすんでいた。
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