ある携帯電話の短編

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我輩は携帯電話である。着信はまだ、ない。 そろそろ我輩が買われて、一週間になるのだが、電話はおろかメールの一通も来ないのはどういうことか。 アドレス帳には三件しか登録がないし、全て持ち主の家族の番号である。 カレンダー機能にだって、持ち主はゲームの発売日やらイベントやらの日時はこと細かく記すのに、未だにデートとか友達と遊ぶとかそう言ったものが記されない。 見上げると、我輩を見つめる持ち主はため息をついた。その顔は、孤独にうちひしがれているように見えた。 どうやら持ち主にはメールや電話をする友達や恋人がいないようだ。そういえばと我輩は思った。持ち主が友人といるとこさえ我輩は見たことがない。 我輩は少し持ち主を哀れんだ。 我輩は友というものを知らない。しかし、我輩に内蔵された辞書を見る限り、とても良いものだ。持ち主にもそれを手に入れてほしい。 「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」と持ち主に言ってやりたい。赤シャツだって山嵐だって野だだって誰でも良い!持ち主にメールを…… その時だった。私の五感はどこからか私と通信をとろうとしている媒体があることに気がついた。初めてのことだ。 これは……まさか…… 私の体が震え出す。バイブレーションだ。 メールだ!メールが来たんだ! 持ち主は飛び付くように私を掴んで、メールボックスを慌てて開く。 メールなんて一通もないのに今まで何度もしていたその動作を持ち主は瞬間で行なった。 我輩は思った。ついに!ついに主は友を得たのだ。共に困難を乗り越え、喜びを味わい、何もかもを共有できる、そんな友人に…… 思わず涙がでせうになったが、それは有害な物質になりそうなのでなんとか堪えた。 持ち主フォルダを開くと我輩の液晶はその内容を映し出す。期待に満ちた表情が我輩の液晶を見つめる。 『モバゲーのマキです♪ …… 我輩は携帯電話である。持ち主の友は未だいない。
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