序章

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――今宵もまた、薄明かりを漏らした儚げな朧月が、闇に蠢く影たちをぼんやりと映し出していた。 月を覆い隠す煙のように一面をたちこめる薄霞の中を、ざわざわと音もなく這いずり回る夜の住人達が、雲影に紛れて見えては隠れ、また姿を現す。 思わず引き込まれそうになるほど深い暗闇。 その中でただひとつ、しなやかな曲線を描いて流れる川だけが、せせらぎと共に月の光を受けて仄かに光って見えた。 穏やかな川縁には、水面から反射した川明かりに照らし出された見事な夜桜が、薄紅色の花びらをひらひらと散らしながら、川に覆いかぶさるようにして立っている。 その周辺には、いつの間にか黒い影たちが小さな光に誘われる羽虫のように、一匹、また一匹と集まり始めていた。 ひしめく影たちの隙間を夜風がすっと通り抜けてふと消える。 それを皮切りに、急に辺りの空気が一変し、閑散としたものへと変貌を遂げてゆく。 その様子を黙って見つめていた草花が、戸惑ったようにざわざわと身体を揺らした。
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