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「それでも桐生君と一緒なら、どうって事ないです」
「っ……奏…」
何もかも捨てられる彼女は自分より強い。絢都は思った。今は無理でもいつか、この家を出て二人で平穏な生活を送ろうと…
「奏……俺もいつか何もかも捨てて、こんなボロ家から出ていってやる。そしてどこか安心出来る場所で二人で平穏に暮らそう」
「桐生君…」
「それは無理です」
上条のこの一言に柔らかな空気が一瞬にしてどんよりとした空気に変わった。
「……上条、どういう意味だ」
「どうもこうも、若、さっき貴方は言いましたよね」
「何が?」
「“親父の跡を継いでもいい”て仰いましたよね」
「あ…」
その時になって自分がいってしまった言葉に愕然とする。
「約束は守ってもらいますよ」
「な、何言ってんだ。約束なんていつした。それに俺は跡を継いでも“いいかも”と言ったんだ。“いい”なんて一言も」
「おや、それが桐生三代目の若頭が言う台詞ですか?」
「ぐっ…」
そう言われると何も言えない。横ではくすくすと奏が笑っている。
「上条さんの方が上手みたいですね」
「は…はは」
ますますこの世界から抜けられなくなった事に絢都は嘆く。しかしそれと同時に大切な人が今、絢都の側にいてくれる。
「桐生君」
「ん?」
「どこまでもついていきます」
「っ!……あぁ」
この先普通の生活とはかけ離れた人生を送るかもしれない。だがそれでも前よりは苦にならないだろう。
今は奏がいる。彼女と一緒ならどんな苦も乗り越えられそうな気がするんだ。
奏の手を握る。
柔らかく暖かいその温もりに、絢都は目を閉じた―――
END.
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