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教師「春原(すのはら)」
教師があるひとりの生徒の名を口にした。
教師「相変わらずいないのか」
隣を見る。そこが春原の席だった。
こいつの遅刻率は俺より高い。
ふたり合わせてクラスの不良生徒として名指しされることが多かった。
だからだろう、よく気が合う。
そして、クラスの中で、唯一俺が心を許して話すことのできる人間だった。
授業が始まる。
俺は窓の外を見て過ごした。
教師の声はすべて聞き流して。
一日の授業を終え、放課後に。
春原の奴は最後までこなかった。
結局、今日俺が話しをしたのは、朝に会った女生徒だけだった。
実に代わり映えしない毎日。
部活にも入っていない俺は、空っぽの鞄を掴むと、だべる生徒の合間を抜けて、教室を後にした。
家に帰っても、この時間は誰もいない。
もとより母親はいなかった。
俺が小さい頃に、交通事故で亡くなったそうだ。顔すら覚えていなかった。
母を亡くしたショックだろうか…残された父は堕落していった。
アルコールを絶やすことなく飲み続け、賭け事で暇を潰す生活。
少年時代の俺の暮らしは、そんな父の言い争いにより埋め尽くされた。
けど、ある事件をきっかけにその関係も変わってしまった。
俺に暴力を振るい、怪我を負わせたのだ。
その日以来、父親は感情を表に出さないようになった。
そして、俺の名を昔のように呼び捨てではなく、『朋也くん』とくん付けで呼び、言動に他人行儀を感じさせるようになった。
それはまさしく、他人同士になっていく過程だった。
まるで殻に閉じこもっていくように。
今と過去との接点を断ち切るように。
突き放すならまだ、よかったのに。
傷つけてくれるなら、まだ救われたのに。
なのに父は学校から帰ってきた俺の姿ゆみつけると、まるで旧友が訪れたように喜んで…そして世間話を始めるのだ。
胸が痛くなって、居たたまれなくなって…
俺は家を飛び出すのだ。
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