雌伏の時

3/8
1191人が本棚に入れています
本棚に追加
/555ページ
「……何者だ?見ない顔だが」 「景光が都から連れて来た奴じゃない?」 二人は義経の間近まで寄りながら、互いの顔を見合わせている。 最初に声を上げた方は角ばった骨の太い大柄で、もう一人は義経の様に姫とみまごう程に色白で、線の細い体をしていた。 「いかにも、堀景光の手引きで参じた源九郎義経だ」 「ほら」 義経の名乗りに、姫の様な若者が得意気に大男を見上げる。 「ほらじゃない」 大きな拳骨を加え、大柄な男は義経に居を正し一礼した。 「失礼した。俺は、佐藤三郎継信。こいつは弟」 「四郎忠信です」 「貴方が左馬頭殿の御曹子か。平泉にはいつ?」 継信と名乗った大男の言葉に返事もせず、義経は背を向けて馬に跨がった。 「馬が珍しく寄っただけだ。失礼する」 「あれ? 兄者、行っちゃうよ」 忠信の怪訝な声にも聞かない振りで、義経は足早にその場を去る。 忠信はそれを見て、急いで馬を放し鞍に飛び乗った。 「行くのか、忠信」 呟き、継信もそれに続く。 平泉に着いてから馬を乗り出した割には見事な手綱捌きを見せ、木立を抜ける義経だったが、奥州で日々馬を駆るこの兄弟はその遥か上を行っていた。 義経自身も気付かない内に佐藤兄弟は脇から回り込み、義経の進む先に馬を止める。 「……邪魔だ」 激突を避け、動きを止めると踏んでいた佐藤兄弟の思惑とは裏腹に、義経の馬は更に加速した。
/555ページ

最初のコメントを投稿しよう!