雌伏の時

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小さな叫びを上げる忠信の頭上を、義経の馬が掠める。 義経は、行く手を遮った二人を飛び越えたのだ。 「ばかな」 継信が呆然と零す。 次の瞬間、着地に慣れない馬が体勢を崩し、義経の身体は鞍から離れて地面に放り出された。 「あーあ、やったやった」 直ぐさま兄弟は馬を降り、義経の元まで走り寄る。 「大丈夫? 馬、まだ乗り初めでしょ」 忠信が屈託のない笑顔を浮かべ、手を差しのべた。 「ほら、起きなよ」 一向に手を取らない義経に再度促す忠信だったが、当の義経は身を起こす気配を感じさせない。 「どれ、飯にするか」 それを見兼ねたのか、継信が声を張り、無遠慮に義経の脇に腰を下ろした。 腰に提げた袋を取り出すと、中からは笹に包まれた握り飯が姿を現す。 それを一つ頬張ると、もう一つ手に取り、義経の前に差し出した。 「美味いぞ」 「要らん」 跳ね付ける様に吐き捨てた義経に、切れ長の眉を吊り上げて忠信が詰め寄った。 「おい! 母上の握った飯を馬鹿にするのかっ!」 あまりの剣幕に目を見開く義経を、忠信は黙って睨み付ける。 「母上……か」 気の無い言葉を呟き、義経は軽々と身を起こす。 歳は同じ位だが、この二人からは、兄弟や両親といった自分が傍に置けないものを全て持っている事を感じ取り、義経は密かに眉根を寄せた。 「邪魔をした」 何ともいい様の無い支えを感じ、義経は再び鞍に跨がる。 忠信も、今度はそれを追う気持ちは無かった。
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