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義経はこれまでに無い程に馬を急がせ、闇雲に平泉の穏やかな自然を疾走した。
それは自身の心に生まれた例え様の無いわだかまりを払拭しようと躍起になっているようにも見えた。
その早駆けは日が落ちるまで続き、やがて山を一回りして佐藤兄弟と出会った辺りに戻って来た。
そこで義経は、肌が粟立つような気配を感じ、馬を止める。
傍を見ると、鋭く切り立った崖が草むらに隠れているのが分かった。
何とも無しに馬を進めていたら、落ちていたかもしれない。
義経はそう感じると、馬を降り崖に近づく。
よく見ると、その草むらを踏み締めた跡が残っていた。
「さては誰か落ちたな」
慌てることも無く淡々と零し、義経は崖の下を覗き込む。
義経の予感は的中していた。
そこには、日中に出会った佐藤兄弟が、落馬したままうずくまっていたのである。
「……無事か?」
問い掛けに返事はない。
義経が目を凝らすと、大柄な継信の身体に赤黒いものがこびりついているのが見えた。
「おい、継信! 忠信!」
義経は崖を滑りながら二人の名を呼ぶ。
その声に反応し、忠信の身体が起き上がった。
「……お前か……兄者が……」
途切れ途切れに口を開き、義経を見詰める忠信が震える手をのばそうとした所で、拳を握った。
「何しに……来た……お前に用なんかない……」
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