雌伏の時

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「そっか。そんでさ、兵があつまんなかったら?」 瞳の奥を見詰める様に、忠信が義経の顔を覗き込む。 忠信はもう十五になるというのに、その瞳はまだ汚れなく輝いていた。 「……ひとりでもやるさ。だが、今はあと二人仲間がいる。あいつらが時勢を教えてくれる」 義経は軽く微笑み、継信に渡された握り飯を一口かじった。 人数では無い。ひとりだから何もしないのでは、今まで心を研ぎ澄ませてきた意味が無い。 兵がいなければ、暗殺をすればいい。 義経はそう胸中で呟き、復讐の刃を密かに輝かせた。 「じゃあ、俺達が付いていくよ。ね、兄者」 忠信の思いがけない言葉に、義経が失笑する。 「何で笑うの?」 「いや、悪かった……平泉にいれば戦に巻き込まれることもない。無理をして父や母に心配をかけるなよ」 「御曹子」 そのまま話を流そうとする義経に、それまで黙っていた継信が口を開いた。 「俺達は本気だ。五騎でも十騎でも……例え我等二人であっても、必ず御曹子の挙げた白旗から離れんぞ」 義経は言葉が出なかった。 確かに平泉に足を踏み入れてからは、その殆どを佐藤兄弟と共に過ごした。 同じ事で笑い、お互いに未熟な技術を補い磨き上げる間柄にはなっていた。 こう言った存在を、友と呼ぶのかも知れない。 しかし、ただそれだけの事だ。 命を危険に晒す必要の無い奥州から、わざわざ戦いの渦中に身を置く必要など、ある訳が無い。 義経はただ礼を告げ、いつもより早い時間に高館へ帰った。
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